組織は“庭園”である ~ 分業という設計が、生産性を左右する
- 4月12日
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更新日:4月15日

■ 分業が生む「生産性の差」
18世紀の経済学者アダム・スミスは、『国富論』の中で分業の重要性を説いた。
有名な「針工場」の例では、1人で全工程を担う場合、1日に数本しか作れなかったものが、工程を分けて担当することで、10人ほどのチームでも数万本を生産できるようになった。
役割を分け、それぞれが集中することで、生産性は大きく高まる。
■ 組織は「庭園」として設計できる
この分業の考え方は、組織を“庭園”として捉えると理解しやすい。
庭園には、設計する人、育てる人、剪定する人など、さまざまな役割がある。すべての人が同じことをするわけではない。
同じように、植物にもそれぞれ役割がある。土を豊かにするもの、花を咲かせるもの、日陰をつくるもの。
それぞれが異なる役割を担うことで、庭園は全体として美しく育っていく。
組織も同じである。
役割と責任が適切に設計されてこそ、生産性と価値は最大化される。
■ なぜ生産性が上がらないのか
しかし、日本企業の多くでは、この「設計」が曖昧なままになっている。
・誰が意思決定するのか
・誰が全体を統括するのか
・誰がどこまでを担うのか
・誰がリードし、誰がサポートするのか
・そして、その結果に誰が責任を持つのか
こうした点が曖昧なままだと、
現場の努力や長時間労働で帳尻を合わせ、“なんとか回す”状態になりやすい。
その結果、個人レベルで努力しても、組織としての生産性は上がらない。
その結果、
長く働いているのに、生産性が上がらない状況が生まれる。
■ なぜ「設計」が大事か
設計のない庭園では、
どこに何を植えるのかが曖昧なまま、
誰が何を担うのかも曖昧なまま、
そして、庭園全体として「どのような彩りを目指すのか」も曖昧なまま、
それぞれが手を動かしてしまう。
本来日陰を好む植物が強い日差しにさらされてしまったり、
水やりも誰が担うのかがはっきりしない。
なんとなく共有されているスケジュールが近づくと、全員が一斉に慌ただしくなる――
その結果、現場で一人ひとりがどれだけ努力し、
どれだけ手間をかけたとしても、庭園は思い描いた通りには美しく育たない。
組織も、同じである。
設計されていない分業のもとでは、
現場での努力が積み重なっても、
組織の価値は最適化・最大化されない。
■ ジョブ型かメンバーシップ型かは本質ではない
近年、「ジョブ型かメンバーシップ型か」という議論が増えている。
役割を明確にするべきか、それとも柔軟に対応するべきか――
制度の違いに注目が集まりがちである。
しかし、本質はそこではない。
重要なのは、分業のメリットがきちんと機能するように、
組織が設計されているかどうかである。
たとえジョブ型であっても、役割が細かく定義されているだけで、
組織全体の責任の所在や意思決定の流れが明確でなければ、
組織としては十分に機能せず、全体最適も生まれない。
逆に言えば、制度が何であれ、
設計が整っていれば、組織は機能する。
制度の違い以上に、設計の良し悪しこそが、
組織の生産性と価値創出を決定する。
■ 分業とは「仕事を分けること」なのか
分業とは、単に仕事を分けることではない。
人が最も価値を発揮できる場所に配置され、
価値創造に集中できる状態をつくること。
そして、個々の力を組織全体の成果へとつなげ、
効率と価値創造を最大化するための“設計”である。
■ シンプルな問い
分業とは、人を分けることではなく、
それぞれが最もよく育つ場所をつくること。
庭園が美しく育つかどうかは、
植物そのものよりも、設計で決まる。
あなたの組織という“庭園”は、
意図をもって設計されているだろうか。




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