“救急車社会”の限界 ~ 構造的な「柵づくり」で、真の生産性向上へ
- 2月5日
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19世紀イギリスの社会活動家、ジョセフ・マリンズは、禁酒運動などを通じて「予防」の重要性を訴え続けた人物である。
結果に対処するよりも、そもそも問題が起きない仕組みをつくることこそが重要である―その彼の信念は、代表作の寓話『谷底の救急車(The Ambulance Down in the Valley)』に象徴されている。
危険な崖を前にした住民たちが、「柵をつくるべきか」「救急車を用意すべきか」を議論する。しかし最終的に選ばれたのは、目に見えて分かりやすい“救急車”だった、という物語である。
この寓話は、問題の根本原因ではなく、起きてしまった“結果”への対応ばかりに資源を投じてしまう社会の姿勢を、鋭く描き出している。
そしてこの構図は、現代社会が抱える多くの課題と、驚くほど重なっている。ポピュリズムに引きずられる政治、映えや過激さで拡散力を競うSNSも、その典型例と言えるだろう。
本稿では、この「救急車型」の構図を、現代日本の生産性の課題に重ねながら、改善に向けて取るべきアクションを考えてみたい。
OECD38か国の中で、日本の労働生産性は長年にわたり下位にとどまっている。一方で、労働時間はいまだに長い。
つまり日本は、「長く勤勉に働いても、十分な成果につながらない」という構造から、いまだ抜け出せていない。
その背景には、問題の本質に正面から向き合わず、すでに陥ってしまっているループからなかなか抜け出せない、社会的・組織的な文化と構造があるのではないだろうか。残業や長時間労働への抵抗の少なさ。成果や貢献度よりも、年功序列や社内の人間関係への過度な忖度。職人気質や、過去の製造業の成功体験から抜け出せない固定観念。たとえば、「ひとりにしかできない仕事」を問題視せず、「頼れる人」と称賛し、ときには誇りの対象にすらしてしまう文化は、まさに職人気質の延長線上にある。
さらに、外をあまり見ようとせず、「なんとかなる」「みんなで助け合えば乗り切れる」といった精神論に過度に依存する体質も根強い。
これらに共通しているのは、問題が起きてから現場の努力や長時間労働、属人的な頑張りによって“何とか帳尻を合わせる”一方で、働き方改革など一定の取り組みは進められてきたものの、構造そのものや問題の本質にまで踏み込んだ改革には、必ずしも至ってこなかったという点である。
つまり、日本の多くの組織は、問題の根本原因に目を向けないまま、生産性の本質である「付加価値の創出」に焦点を当てることなく、既存の体質の延長線上で動き続けてきた。
いわばそれは、失われた30年間に社会全体に行き渡ってきた、昭和型の社会文化・組織文化・働き方に強く引きずられた、典型的な「救急車型」の対応なのである。
労働生産性を高めるためには、この「救急車型」の発想から脱却し、「柵づくり」へと明確に舵を切る必要がある。そもそも問題が起きにくい構造を、改めて設計すること ― それこそが、時代の変革をやり遂げるアプローチである。
日本においては、付加価値の創出やイノベーションが生まれやすい社会的フレームワークをどう構築するかが、まさに「柵づくり」の要になる。
日本の生産性を下げている最大要因の一つは、人が会社に過度に依存している一方で、個人のスキルや経験が組織固有のものに閉じられ、汎用化されにくく、人的資源としての知識や経験が社会全体で十分に活かされず、循環していない点にあると考える。
この課題を根本的に解決するためには、労働市場流動化の推進と制度改革に加え、多様な人材を育成する教育制度への改革、人口減を見据えた多様な人材を惹きつける社会および組織のデザイン、さらには「働き方改革」にとどまらず、個人のキャリアと人生の設計自由度を高める制度の構築などが求められる。
これらはいずれも、既存路線の延長線上にある「改善」としてではなく、現状を打破する勇気と合理性を伴う「変革」として取り組むべきものであり、まさにフレームワークそのもののイノベーションにあたる。
こうした「変革」こそが、制度と組織を作り替え、意識と文化を刷新し、生産性を底上げする最も確かな土台となる。言い換えれば、これらはすべて「柵」にあたる施策なのである。
もう一つの例として、「休暇」を取り上げてみたい。
「有給をなるべく取りましょう」ではなく、すべての労働者に、1週間の連続休暇を義務として必須化する ― そのような大胆な制度設計という「変革」はできないだろうか。
筆者がかつて勤めていた外資系金融機関では、20年以上前から、全社員に最低1週間以上の連続休暇(ブロックリーブ/コンプライアンスリーブ)が義務づけられていた。
その目的は、単なるリフレッシュではない。誰かが不在でも業務が滞らないか、プロセスは可視化されているか、不正やブラックボックスは生まれていないか
連続休暇は、属人化の解消、内部統制の確認、プロセスの透明性向上、そしてリスクマネジメントを同時に点検するための仕組みであり、組織の健全性を測る“実地テスト”でもあった。
まさに、「誰かひとりがいなくても組織は回るのか」を検証するための、重要な「柵」なのである。
逆に言えば、休暇が取れない組織は、属人性の高い体質を抱え、業務の可視化・標準化、権限委譲、属人化の解消が十分に進んでおらず、「休むと仕事が止まる構造」を内包しているということでもある。
それは、創造性や社員のモチベーションが低下し、組織の弾力性やレジリエンスが弱いことを示す、極めて分かりやすいサインでもある。
休暇は、単なる福利厚生ではない。
組織の成熟度とレジリエンスを測るバロメーターであり、業務設計と標準化の試金石であり、働く人のウェルビーイングの基盤でもある。
必要なのは、「休ませる文化」ではなく、「自然に休める構造」なのである。
救急車は、確かに必要だ。しかし、救急車だけでは、社会も組織も守れない。
生産性向上とは、突き詰めれば「最小限のリソースで、最大限の付加価値を生み出す仕組み」を構築することである。
そしてその実現には、現状の延長線上の「改善」ではなく、現状を前提としない発想による、「イノベーションとしての変革」が求められる。
こうした変革の積み重ねこそが、私たちを「長く働いても成果が上がらない国」から、「短く働いても付加価値を生み出せる国」へと導いていく。
30年後に振り返ったとき、再びの「失われた30年」ではなく、「変革で大きく前進した30年」であってほしいと、心から願っている。
今こそ、谷底に並ぶ救急車から目を上げ、崖の上に、確かな柵を築くときである。




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